CD「地と空」ノンフィクションその1

 寓太(ぐうた)は、2月26日に52歳になったばかりだが、この春、30年間勤めた会社をリストラされた。最後は、工場長として可もなく不可もなく職責を全うしていたつもりだったが、この不況の嵐の中、特筆すべき功績もなく、高い収入を得ていたものから、リストラの対象となった。寓太にとっては、精一杯働いてきたつもりだったし、数年前に離婚した女房の朝子に子供の養育費を払っても悠々自適な独身生活、その独身生活の源泉を奪われたショックで、身も心もボロボロになって放り出された気分であった。ほかに職を探す気力もなく、失業保険をもらい、職を探すふりをしてただただぶらぶらと日々を浪費した。

 ある朝、家の前の小さな庭に出て、シャベルを持ち出した。おもむろに庭の土をほじくり返し始めたのである。すると、草ぼうぼうの土の中からミミズがうようよと出てくるではないか!昔、魚釣りで使ったゴカイという平べったくてしわがれたミミズと、子供の頃、ばあちゃんがやっていた畑のそばで見た異様に野太いミミズは覚えがあるが、小さな赤い糸ミミズをはっきり見たのははじめてだった。そういえば、ここは、朝子が家庭菜園をやっていたような記憶がある。あの頃の寓太は、結婚して子供を一人授かり、それで夫としての務めを果たした気分だった。親父の次男として育ち、結婚してニュータウンに新居を構えたあとは、会社の部下たちと街へ繰り出してばかりだった。朝子が、家で何をしているのか、子供とどんな時間を過ごしているのか、想像するのもまっぴらごめんという感じだったのだ。

 シャベルで一通り庭の一部を掘り返し、糸ミミズがたくさん出てきたことに満足して、寓太は、ヤマハの古いセローのエンジンをかけた。オフロードバイクのエンジンがキック2回でかかるんだから、手入れのほどがわかる。マフラーもいじっているし…。玄関から赤いヘルメットを持ってきてかぶり、白い煙とバリバリという排気音を残して、彼は走り去った。残されたミミズたちは、一目散に、土の中に戻っていった。

続く。